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木村城跡
(きむらじょうあと)
木村城跡は、竹原小早川氏が本拠とした山城である。小早川氏は、鎌倉時代のはじめ沼田(ぬた)荘(三原市本郷町)に入るが、承久の変(1221)の後の茂平(しげひら)の時都宇竹原荘(つうたけはらのしょう)を得、竹原小早川氏として分立した。竹原小早川氏は茂平の子政景(まさかげ)を祖とする。その後16世紀半ばに毛利氏から養子として入った隆景(たかかげ)が、沼田小早川もあわせて相続し、新高山(にいたかやま)城に移るまで竹原小早川氏の本拠として使用されたとされている。
城は、竹原市街地の北約5キロの賀茂川に沿う丘陵尾根上を利用したもので、尾根上には長さ約200メートルにわたって自然地形を造成し、多数の郭を階段状に連ねている。最高所が本丸と付郭、それから堀切を隔てて北側に二の丸、三の丸がある。石組井戸のほか、部分的には石垣も見られ、石を使うことの多い小早川氏一族の城の特色をよく示している。
なお、この城から賀茂川を挟んで西側約500メートルには竹原小早川氏の館跡と考えられている手島屋敷や竹原小早川氏の墓地もある。手島屋敷は面積約2500平方メートルで、正門と側面には高さ2〜3メートルの石垣がみられる。
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