広島県の72%を占める約61万ヘクタールの森林は、広島市へと流れる西の太田川、島根県を抜けて日本海へ流れる北の江の川、福山市へと流れる東の芦田川等の多くの河川へと続いている。年平均気温は県南部で16℃と温暖であるが、県北では11℃と5℃も低くなり、年間降水量も、南部の約2倍の2400mmとなる。この変化に富んだ広島県の森林をその植生の特徴から大きく次の4つの区域に分けてみた。
▲比婆山のブナ原生林:庄原市西城町
▲吾妻山の草原:庄原市比和町
県北の標高1000m前後の中国山地の比婆山や臥龍山等には、「ブナの原生林」が現存している。ブナの巨木が森林を包むように枝を広げ、その隙間には、ミズナラ・クリ・アワブキ・トチノキ等の様々な落葉広葉樹が生育している。トチノキは、実を昔からトチ餅として利用してきた。灰汁抜きは手間の掛かる大変な作業であるが、実を十年近く保存できるため、救荒植物※注として利用されてきた歴史がある。また、広島県の木と花に指定されている樹木はモミジであるように、多くの種類のモミジの仲間が自生している。特に県北には種類が多く、ウリハダカエデ、イタヤカエデ、オオイタヤメイゲツ、ハウチワカエデ、オオモミジ、コミネカエデ等が秋の紅葉を彩っている。しかし一方で、この地域では古くから「たたら製鉄」のために、森林の伐採が行われてきた。鍬や鎌等の農機具や刀の材料となる砂鉄の採取が山を切り崩して行われ、鉄の精錬に使用する炭を作るために多くの薪が切り出された。さらに、それを運ぶ牛馬が飼育され、野山に放牧されていたために広大な草原が出現した。道後山や吾妻山、深入山等でこの草原を見ることができ、コマユミ、レンゲツツジ、ホツツジ、サワフタギ等の低木が多い。
帝釈峡や山野峡を代表とするこの地域は、母岩が石灰岩である。この石灰岩の由来は諸説あるが、南洋のさんご礁が、大陸プレートの移動によって運ばれてできたと考えられる。石灰岩は雨により侵食され易く、渓谷や鍾乳洞が発達し、美しい渓谷を作り出している。水が溜まりにくく水田に適さないので、比較的自然が残り、アルカリ性の土壌を好むイワシデやヤマトレンギョウ、ヨコグラノキ、コクサギなどの珍しい樹木が自生している。
▲ネズミサシ(ヒノキ科)
▲ベニマンサク(マンサク科)
▲コウヤマキ(コウヤマキ科)
瀬戸内沿岸部では雨が少ないので古くから塩田が作られ、塩を精製するため等に薪が使われた。その後、戦争でも森林は伐採され、伐採跡地はアカマツ等の二次林となった。中部から南部では、土壌が花崗岩類であるため、陽樹で深根性のアカマツが増えたのである。標高の高いところでは、コナラのほかにクリやアベマキ、リョウブが増えるが、これは繰り返しの伐採により、萌芽更新(切り株からの芽生え)のできる樹種が残ったからである。逆に標高の低い所では、乾燥に強いネズミサシやアセビ、シャシャンボ等が増える傾向にある。広島県では、全国的にみても大変ネズミサシの多い所で、昔から境界木としても植えられてきた。また、磨くと艶が出るので、床柱等の良材となる。
これらの地域には、里山と呼ばれる人々の生活と昔から深く関わって来た山が多くある。里山では、木材や燃料の供給だけでなく、落ち葉等は田畑の肥料にも利用され、マツタケ等のキノコやワラビ・ゼンマイ・タラ等の山菜は食料や収入として重要であった。また、アカマツ林には、コシアブラも多く、世羅町では昔からこの木を用いて、夏のレジャーには欠かせない経木帽子を作っている。新芽は、山菜としても貴重である。もともとこの地域の原植生は「中間針葉樹林」と呼ばれるモミ、ツガ林であるが、珍しい樹木も多数存在している。例えば「ソハヤキ要素」の分布となるベニマンサクが廿日市市大野町に多く自生している。「ソハヤキ(襲早紀)要素」とは、九州の古名、熊襲(クマソ)の襲と、豊後水道意味する早吸瀬戸の早、そして紀伊の国の紀をつないだ意味で、これらの地域に分布する植物群を指す。これは、第三紀中新世の名残といわれており、広島県にもこれらのベニマンサク、シロモジ等が分布している。大野自然観察の森のベニマンサクの紅葉は美しく、秋にはぜひ訪れたい場所である。コウヤマキも同じような分布をしめしており、広島県では、廿日市市に天然記念物に指定された群落がある。この木は、大変自然樹形の美しい樹木で、ヒマラヤスギ、ナンヨウスギとともに世界の三大造園木と賞賛されている。
沿岸部地域には、宮島や広島市の元宇品公園等に残っている原植生である「常緑広葉樹林」と緑化によってはげ山から回復した森林がある。上記で述べた製塩や戦争のための伐採と乾燥による山火事により、沿岸部の多くの森林は、はげ山となった。しかし、その後の昭和23年から40年代にかけての県の治山事業により、ヒメヤシャブシやオオバヤシャブシ、ヤマハンノキ等の肥料木とアカマツ、クロマツによるはげ山の緑化が進められ、見事に緑が蘇っている。このことは、県民として大変誇れることである。
(写真(治山室提供)は呉市焼山の治山事業の比較写真である。左が昭和26年の状況。)
また、廿日市市宮島町や広島市南区の元宇品公園等には、原植生の「常緑広葉樹林」が残っている。
そこにはコジイ、アラカシ、シラカシ等のブナ科の樹木のほか、クロキ、カゴノキ、クスノキ等が自生する。
▲シリブカガシ(ブナ科)
クスノキは、広島市の木にも指定されており、西区には楠木町という町名が残っている。三原市の糸崎神社にあるクスノキは、県内最大の樹木で、胸高周囲13mという巨木である。材からは、樟脳が採れ、虫除けやセルロイドの原料として利用されてきた。腐りにくく大木になるため宮島の大鳥居もこの木で作られている。
なお、広島市東区の二葉山には、全国的にも珍しいシリブカガシの大きな群落が存在している。どんぐりの底が凹んでいるので、この名があるが、この木はぜひ、地域や小学校等でどんぐりから苗を作り、緑化に使用して欲しい樹木である。
自然文化を中心に述べているため、人工林については簡単に触れてみたい。人工林は、戦後多くの針葉樹が県内に植栽された。これらの森林は、今、間伐時期を迎えており、低コスト林業等によって間伐が推進されている。林業地は、西の太田川林業地と北東の備北林業地が盛んである。樹種は、人工林の56%を占めるヒノキが中心となっているが、太田川林業地の吉和・佐伯・湯来地区にはスギが多く、吉和では「ハチロウスギ」と呼ばれる地元品種が植えられている。アカマツは、宮島で発見された松くい虫(マツノ材線虫病)に対して抵抗性のあるマツから育成された「広島スーパーマツ」の植林が徐々に進んでいる。また、平成19年度から始まった「ひろしまの森づくり県民税」により、放置された人工林の再生や里山林の整備等の取組みが森林ボランティア等により、積極的に行われている。
以上のように、県内には特徴ある森林が広がっており、これらの貴重な自然林を保護していく事と、スギ・ヒノキ等の人工林を活用していく事が重要である。そのためには、県民の緑化意識の向上を図るとともに、手入れの行き届いた人工林を育てる必要がある。