山野草とは、野外に自生する鑑賞価値のある草本を一般的に指している。人為的に改良された、園芸植物とは一味違った素朴な自然の美しさからその人気は上がる一方で、最近はバスツアーもたくさん組まれているようである。
広島県の山野草をその自生する地域の特徴から大きく三つに分けてみた。
▲サギソウ(ラン科)
▲ホソバナコバイモ(ユリ科)
▲サンインシロカネソウ(キンポウゲ科)
一つ目は県北を中心とする中国山地の山野草である。中国山地には、1000m前後の標高の高い豪雪地域があり、その一部は、昔からのたたら製鉄と牛馬の放牧によって、木本類が減少して草原が発達している。これらの雲月山、吾妻山、道後山等の草原には、牛馬の食べない毒草のスズランやタンナトリカブトのほか、初秋に薄紫色の花を咲かせるマツムシソウ、白い梅を小さくしたようなウメバチソウ等の高原の山野草が咲く。そして、隣接するブナの原生林の林床には、大きな葉の上に白い花を付けるサンカヨウや笹の葉に似たユキザサ等の日陰の植物が咲く。また、北広島町にある八幡湿原は、日本の湿原分布のほぼ南限にある貴重な湿原で、カキツバタや鮮やかな黄色の花のリュウキンカ、朱鷺色の花を咲かせるトキソウやサギソウ等の湿原の植物に出会える。サギソウは、鷺の飛ぶ姿に似た美しい花を咲かせて目立つため、盗掘等により減少しているが、県中部の農業用ため池でも、まれに見かける事ができる。県西部の太田川の周辺の山野草を見ると、上流の三段峡では、セントポーリアの仲間のイワタバコ、ブラシ状の花を咲かせるシライトソウ、白花のツクシショウジョウバカマが渓流に咲き、弥栄峡や石ヶ谷峡、龍頭峡では、セッコクやウチョウラン等の小型のランの花が岩場を彩る。そして、下流域では、可憐なホソバナコバイモや紫の花色が美しいユキワリイチゲ等を見ることができる。また、江の川を通って日本海へ続く神之瀬峡には、小さな鈴を思わせる花のサンインシロカネソウ、菊のような白い花をつけるキクザキイチゲ等が自生する。
二つ目は、東部の石灰岩地域を中心とする吉備高原の山野草である。岡山県から続く東部の石灰岩地域の帝釈峡や山野峡等では、アルカリ性の土壌であるため、独特の植生を示している。後述するセツブンソウやフクジュソウのほか、白いオシベが糸状に長いキビヒトリシズカ、クレマチスの原種であるカザグルマ、ピンクのボール状の花のヒゴタイや雪割り草の仲間のケスハマソウ等の山野草が咲く。また、三次盆地では、トキワイカリソウとバイカイカリソウが交配を繰り返し、スズフリイカリソウ等の交雑種が見られる。
三つ目は、瀬戸内沿岸の植物である。暖かく雨量の少ない穏やかな気象条件の下、常緑広葉樹林の中では、花穂の先が釣り糸のように伸びるナンゴクウラシマソウや茎の斑紋がマムシに似たマムシグサ等のサトイモ科の山野草が風変わりな花を咲かせるほか、ギフチョウの食草であるサンヨウアオイも咲く。海岸近くの場所では、爪のような葉をした多肉植物のツメレンゲや菊の原種の一つであるセトノジギク等の日向の植物が咲く。
貴重な山野草を挙げればきりがないので、ここでは、地域住民が自然文化として保護しながら一般開放を行っている美しく貴重な山野草を紹介したい。公開されている貴重な山野草にセツブンソウ・カタクリ・エヒメアヤメ・フクジュソウ等が挙げられるが、特にセツブンソウとエヒメアヤメは、全国的にみても貴重な自生地である。
セツブンソウ
▲セツブンソウ(キンポウゲ科)
庄原市総領町は、石灰岩質の土壌が発達しているため、アルカリ土壌を好むセツブンソウが多く自生している。セツブンソウは春植物(Spring ephemeral)の代表で、節分の頃に開花するためこの名がある。雪解けとともに開花し、落葉広葉樹の葉が開く頃、溶けるように消えていく、季節の隙間の植物である。周辺の三次市や府中市にも自生があり、広島県はセツブンソウの南限にあたり、貴重な自生地である。セツブンソウは、人が草刈りを行うことで生き延びてきた里山の植物で、墓のまわりや民家の周辺に自生している。総領町では、保存会を立ち上げ、自生地の保護をしながら町おこしに成功している。2月下旬から3月の「節分草祭り」では、町は多くの観光客で賑わう。
フクジュソウ(ミチノクフクジュソウ)
▲ミチノクフクジュソウ(キンポウゲ科)
神石高原町牧や東城町為重では、フクジュソウが一般公開されている。早春のまだ寒さの残る時期に、フクジュソウは、花弁をパラボラアンテナのように広げ、集熱装置として太陽を追いかけ熱を集める。すると、花の中の温度は上がり、花に集まる昆虫を誘う。
フクジュソウと言えば、漢字で福寿草と書き、縁起が良いため、お正月の松竹梅の寄せ植えに使われる。最近は、フクジュソウも減って、中国から欧州アフリカ北部に自生するフキタンポポと呼ばれるキク科の多年草が代用されている。
エヒメアヤメ
▲エヒメアヤメ(アヤメ科)
明治30年に愛媛県で初めて発見されたためこの名がついているが、後で広島県の自生が全国で一番多い事がわかった。ひょっとしてヒロシマアヤメと名付けられていたかも知れない花である。東広島市、三次市、三原市等の広島県中部のなだらかな山裾に自生するアヤメ科の植物で、背丈の低い可憐な花を春に咲かせる。三原市沼田町や東広島市豊栄町では、地域住民が保護しながら一般公開を行っている。
カタクリ
▲カタクリ(ユリ科)
約30年前には、県北では谷間に普通に見かけることのできたカタクリも、今はめっきり自生地が減ってしまった。カタクリ粉に名前が残っているように、甘みがあり、大変美味しい山菜であった。自生地の公開は各地で行われているが、安芸高田市向原町が有名である。丁度この花が咲く4月頃、蜜を吸いにギフチョウがやってくる。
サクラソウ
▲サクラソウ(サクラソウ科)
写真は三次市の自生地である。この場所には、すぐ傍にカタクリやケスハマソウ、シライトソウも多く自生しており、貴重な自生地である。ほかにも北広島町と庄原市西城町の道後山高原クロカンパークの自生地が知られている。クロカンパークでは一般公開されており、スズランやヒメザゼンソウも見られる。自然観察会も開催されているので、お薦めの場所である。
以上、広島県の山野草について述べてきたが、いずれも貴重な自生地である。当然の事であるが、採取せず、踏み荒らさず、ゴミは残さず、マナーを守って、これらの山野草を楽しみたい。
節分草祭り 3月上旬
道の駅リストアステーション (庄原市総領町下領家1−3)
電話:0824−88−3050
サクラソウ一般公開 5月中旬
道後山高原クロカンパーク (庄原市西城町三坂733)
電話:08248−4−2727
向原のカタクリ 4月上旬
広島県安芸高田市向原町長田
問合せ先:0826−46−3987
沼田西のエヒメアヤメ自生一般公開 4月中旬から下旬
三原市沼田西町
問合せ先:0848−64−2137 三原市教育委員会生涯学習課
ためしげ福寿草まつり 4月上旬
庄原市東城町 「JA庄原久代ライスセンター」
問合せ先:08477−2−2784 為重自治振興区・槙原