広島高等師範学校の山岳部歌に「広島の山は低くても 夏は故郷の山が呼ぶ 岩をよずれば山男 無我を悟はこの時ぞ」というフレーズがある。「山、高きをもって貴しとせず」に賛意を持ちながら…………。
小説家の深田久弥は「伯耆大山」を日本百名山に選定した際に、中国地方の山並みについて、「だいたい中国地方には目立った山が少ない。〔中略〕中国地方は山岳の陵夷※注運動が発達したのか、高い山がないのみならず、顕著な峰も少ない。たいてい似たような形である」と記載している。これを見ると、何だか淋しくなってしまう。しかし、「山陰・山陽へ名山探しに行った私は、結局この地方では大山一つしか推し得なかった。しかしこの一つは誇るべき一つであった」(『日本百名山』)とも記載している。
▲西中国山地の山々
(右:恐羅漢山 左:十方山)
登山家の桑原良敏は出版物『西中国山地』のな
かで、西中国山地国定公園内の山々と周辺の標高が1000m以上の山々、約70座を取り上げているが、あとがきにおいて「西中国には千メートルに満たないが、誰れが見ても秀麗な山というのもいくつかある。これらを捨ててあえて千メートルにこだわったのは、それがブナの生育している下限だからである。言い替えれば、西中国の山々の中からブナの生えている山を選び出したということになる。この中には平坦でどこが山頂かわからないような山もあるが、私に言わせれば、リングワンデリング※注しそうな山ほど登って面白い山はないということになる」と述べている。
地質学者の鷹村権は「広島県は中国山地の南斜面の中央部をしめ、ほとんど山地からなっています。平野はわずかに県北の江ノ川の本支流、県南の太田川・沼田川・芦田川などの流域に、ひろがっているにすぎません。山頂はなだらかな隆起準平原がひろく発達していることと、また多くの谷が日本でもっとも密に平行に走っていること、これが広島県の地形の特徴です。〔中略〕そしてこの隆起準平原による侵食平坦面とならんで走る谷の群れが、河川や盆地を支配し、うつくしい峡谷や瀬戸内の多島美を形づくっているとともに、集落の分布や産業・交通に大きな影響をあたえています」とエッセー(『広島の地質をめぐって』)に記載する。
また、友成才は「中国地方には、景勝・奇岩が各所に存在していて、それらは国や県の名勝に指定されたり学術的に評価の高いものは天然記念物に指定されている」といい、『中国地方 地質学ロマンの旅−景勝・奇岩をたずねて』の中で、広島県内はもちろん、中国地方各地の景勝・奇岩などを紹介している。
ここで広島県の山地に見られる特徴について、いくつか示してみたい。
注) | ・ | 陵夷:陵とは“おか”で、夷とは“たいらになる”の意。 |
・ | リングワンデリング(又はリングワンデルング):登山で、吹雪や濃霧のため方向を見失い、同じところをぐるぐる歩き回ること。 |
1)地形的な特徴
広島県内の山地は、中国山脈の南側に階段状となり瀬戸内海に向かって傾斜している。その階段とは、北側から順に、高位平坦面とされる高度がおよそ1200〜1300mである中国山脈の脊梁面ではじまり、次に中位平坦面といわれる世羅高原(吉備高原)や広島湾西岸の極楽寺山・経小屋山などの山塊、呉の野呂山山系など、高度が一般に500〜700mのもの、最後は低位平坦面といわれる瀬戸内平坦面で、瀬戸内海沿岸や島嶼部に見られる100〜200m前後のゆるやかな傾斜地をいう。
高位平坦面を構成する山塊は過去において1200〜1300mもの地盤の隆起があり、中位平坦面地域は500〜700mの隆起が、さらに低位平坦面では100〜200m前後の地盤隆起があって形成された山地である。広島県内の山並みの高さを観察することにより、3段の「定高性」のある隆起平坦面の存在がわかる。各平坦面は、長年を経て海底や海面付近の平坦面が連なって隆起してできた山並みである。
これは、日本の屋根といわれている日本アルプス(飛騨山脈、赤石山脈)の山並みが、およそ3000mの標高で揃っている(それ以上の高さも、以下の高さも見られない)のと同じく、隆起運動の結果によるものと考えられる。しかし、日本アルプスには、約3000mの高さに準ずる隆起平坦面しか存在しない。
「高原」としては、火山噴火に伴い大量に流出された溶岩流により形成された「火山性の地形」が全国各地で知られる(那須高原、霧ヶ峰高原、久住高原、霧島高原など)。しかし、中国地方に見られる高原は、地殻変動に基づく隆起作用でつくられた特異なケースである。
2)火山が見られない
広島以外の隣県(四県)には、温泉地がいくつも存在している。これは白山火山帯(大山火山帯ともいう)の存在が、隣県各地に分布しているためで、広島県にはこれがない。
しかし、県内には方々に火山岩の分布は見られ、遠い過去において大規模の火山活動があったことは認められるが、侵食作用の進んだ現在では、ほとんど火山体を見ることができない。
1)断層地形と峡谷や滝の分布
中国地方には、北東方向から南西方向に直線状に並列した断層が多い。そしてこれらに直交する断層の存在も多く、地形図を見たり、高い山の上から眺めたりするとき、密度の濃い網の目のような断層構造が見られる。このことは特に広島県内で顕著に見られる。
これらの断層構造に従って、各河川は流路を展開し、谷筋が発達している。そして主要な道路や鉄道路線の方向も、断層構造と無縁ではない。
この断層構造(流水による岩石の浸食作用)にしたがって、河川の流域には「滝」「節理」「断層谷」「甌穴」などの地質学的な諸現象がみられ、「三段峡」をはじめ「弥栄峡」「滝山峡」「帝釈峡」「猿鳴峡」などの景勝峡谷をつくり、「奥三段峡」「細見谷」「二谷」などでは沢登りを楽しむことができる。また、各河川のなかの遷急点※注とされるところには「瀬戸滝」「三段滝」「三ッ滝」などの観光の名所とされる名瀑が各地にみられる。
2)県内の主な河川の流路
県内の主要な河川である「太田川」「芦田川」「沼田川」「瀬野川」などは、瀬戸内海に流れているが、「江ノ川」だけは広島県北部に降る雨水のほとんどを中国山脈を横切り日本海に流している。これは、中国山脈の隆起前から現在地に「江の川」があり,隆起が始まっても、「江ノ川」の下刻※注作用が強く作用し、隆起の速度に勝る下刻が進んだ結果である。
3)自然林が隣県に比して多く見られる
広島の山地には、広葉樹が広く分布し、夏は緑濃く覆われて涼しく、秋には全山が色美しく紅葉し、多くのハイカーや登山者が訪れて楽しんでいる。また、冬には落葉してしまうので、回りの展望に遮るものもない感動の世界に浸ることができる。
見上げるように山地を覆う広葉樹には、ブナ、ミズナラ、サワグルミ、トチ、ホウなどの高大木が繁茂し、それらの樹間には中高木のカエデ類、ナナカマド、クロモジ、オオカメノキ、ヤマボウシなどが多く、特に、秋には見事な紅葉の世界が楽しめる。
西中国山地の「寂地山から吉和冠山」「十方山」「恐羅漢山から台所原」「臥竜山」等、中中国山地の「ひろしま県民の森・比婆山の天然記念物」「福田頭」等、また、島根県にまたがれば「大万木山」「指谷山」「毛無山」など、枚挙にいとまがない素晴らしいブナ林が展開する。
▲吉和の冠山、8合目付近のブナ林
広島県の山々の人気が高いのは、ブナを主体と
する原生林などの広葉樹にあるともいわれている。芽吹きの春には新緑と山菜が、緑が濃くなる夏にはグリーンシャワー、見事な紅葉の秋は、もみじ
狩りとキノコ、そして雪質の良い冬には山スキーと、四季それぞれに登山やハイキングが楽しめる。
地域の経済効果を期待して植林された人工林の
スギ、ヒノキ、カラマツなどの樹林帯と比べ、自然の姿の「ブナの世界」を歩くとき、心身ともに癒やされ、リフレッシュして帰って来ることができる。見上げる巨大な樹木には、感動すること数知れず…。霧の漂うブナの林は、深山幽谷、神秘的な幻想の世界となって広がりをみせ、息を呑むほどの圧倒感を与える。
実際、国民体育大会や高校総合体育大会、さらに自然公園大会、全日本登山大会などの諸行事を広島県内の山地で開催した際に、他県から訪れた多くの登山愛好家たちから、「広島県の山は、自然林が多くていいですね」との評価の言葉を何度も聞いた。
その他、県内の高峰はチュウゴクザサの侵入が著しく、各山域の平坦面やブナ林の林床にはササ原が広がり、他の植物の生育をはばんでしまっている。
一方、県内に広く繁茂する広樹林や雑木林は、多くの動物たちに住まいを提供している。
動物の世界では、ツキノワグマ、イノシシ、ホンシュウジカなどの大型のものから、ノネズミ、ウサギ、サル、リス、タヌキ、キツネなど、多くの哺乳類が棲息している。
鳥類も多く、コガラ、キビタキ、アカショウビン、オオルリ、カラス、ウソ、ホオジロ、メジロ、ウグイス、カッコウ、キジバトなど70種以上が知られている。
両生類では、オオサンショウウオ、イモリ、ニホンヒキガエル、ツチガエル、カジカ、モリアオガエルなどの10種以上が知られる。また、十方山付近ではハコネサンショウウオの棲息が見られ、学術的にも興味深い。
注) | ・ | 遷急点:河床の勾配が急に変化し、下流側が急傾斜になる所。 |
・ | 下刻:川水が川底をけずって掘り下げる作用。 |