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葛原勾当日記
(くずはらこうとうにっき)
葛原勾当(くずはらこうとう)は生田流箏曲の名人で、「京都以西並ぶ人なし」といわれた。彼は、文化9年(1812)に備後国安那郡(現福山市神辺町)に生まれた。3歳のとき失明。11歳で京都へ上り、松野勾当の内弟子となる。文政9年(1826)に帰郷し、箏曲教授を開業する。初期は、自宅に近所・親類の者を集めて教授していたが、天保ごろからは備前や安芸まで出張教授を行うほどになっていた。
16歳から病没する71歳までの56年間の日記を残している。初期は代筆であったが、天保8年(1837)以来は自ら考案した木活字を利用して、自ら記している。木活字は、ひらかな・数字・句点から成り、さらにそれら活字には、側面に記号を刻み、指先の触覚によって文字判別できるようになっていた。また、記録の際、活字の位置を固定させるために使った木製の罫枠(けいわく)も残り、工夫の様子がしのばれる。ヘレン・ケラーをして「日本のタイプライターは盲人が発明した」といわせしめたのである。
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