本県は、中国山地、吉備高原、瀬戸内海沿岸や島しょ部の３段階からなる地形を有し、冷涼な積雪地帯から温暖で少雨の地帯まで気候も変化に富むことから、そこに生息・生育する野生生物も多様である。
【本県における野生生物の特徴】
○中国山地が国内分布の西南限となっている種がいる。 |
ヒダサンショウウオ（両生類）、シラタマノキ（種子植物）など |
○瀬戸内沿岸が国内分布の北限となっている種がいる。 |
ヤマモガシ、コケセンボンギク（種子植物）など |
○国内では中国地方とその周辺にしか分布しない、大陸や朝鮮半島と共通する種がいる。 |
ヒロオビミドリシジミ（昆虫類）、シロヤマブキ（種子植物）など |
○県内の水場や森林を休息地や繁殖地として利用する希少な渡り鳥が飛来する。 |
カンムリウミスズメ、ブッポウソウ（鳥類）など |
○国内では本県にしか分布していない種がいる。 |
ミヤジマトンボ（昆虫類）、タイシャクイタヤ（種子植物）など |
○他県では絶滅したことから、本県でしか見ることができなくなった種が生息・生育 |
ヒョウモンモドキ（昆虫類）、ヤチシャジン（種子植物）など |
また、本県の植生は、標高８００メートルを超える地帯の冷温帯性落葉広葉樹林（ブナ、ミズナラなど）、それ以下の地帯の暖温帯性落葉広葉樹林（コナラ、アベマキなど）やアカマツ天然林、沿岸部や渓谷沿いの常緑広葉樹林（シイ・カシ類）などからなる。スギ・ヒノキ等の植林地とともに、伐採された後に生じた二次林が多く、本県の野生生物の多くが、人の活動と密接な関係を保ちながら生息・生育しているという特徴がある。
「レッドデータブックひろしま２００３（平成１６年３月）」編纂の際には、本県における野生生物に関して動物９、３２７種、植物５、９８７種、合計１５、３１４種の記録が集積されている。
私たちの周辺には、身近な小鳥や草花から微生物に至るまで極めて多種多様な生物が暮らしている。これらの生物は、独立して存在するのではなく、様々な種や個体がお互いに関わりを持ちながら、水や空気、光など様々な環境の影響を受けて、エネルギーの流れや物質の循環を形成する（このようなまとまりを持った循環系を「生態系」と呼ぶ）。また、野生生物の多くは人間の生存に係わる資源として利用されることはもとより、生活に潤いや安らぎを与えるなど、人間が豊かで文化的な生活をおくる上で不可欠な存在である。このように、野生生物は、さまざまな種や個体、さらには種内の遺伝子までもがお互いに関わりを保ちながら生態系を形成しており、そのひとつが欠けてもそのバランスに影響を及ぼすことから、「生物多様性」を維持・保全することが極めて重要である。
国際的には、１９８０年代の後半、熱帯雨林の問題などを中心に生物多様性の保全と持続可能な利用に関する枠組みについて国際社会で広く議論されるようになり、１９９２年（平成４年）に開催された地球サミットにおいて、「生物多様性条約」が「地球温暖化防止条約」とともに採択され、翌１９９３年（平成５年）には「生物多様性条約」が発効している。
本県における野生生物の生息・生育環境は、昭和３０年代の高度経済成長期以降、大気汚染、水質汚濁等の公害により悪化するとともに、開発や植林等による天然林の減少により多くの野生生物の生息・生育地が破壊されている。また、近年は、中山間地域の過疎化等による里山の手入れ不足、水田の減少や耕作様式の変化、地球温暖化による気候変動などの影響を受け、メダカやカエルなど身近な生物についても減少している実態がある。
本県では、生物多様性条約の発効等を契機に、平成６年３月に「広島県の野生生物の種の保護に関する条例」が制定された。条例では、本県に生息・生育する野生生物が、我々の生存基盤である生態系の基本的構成要素であり、本県の豊かな自然環境を象徴する貴重な存在であるという認識に立ち、緊急に保護を要する種について行政と県民が一体となって絶滅の防止を図り、県民共通の資産として次代に継承することとされている。
また、平成７年３月には、本県の野生生物に関する情報が収集・整理され、絶滅のおそれのある野生生物の種を選定した「レッドデータブックひろしま」が発刊された（改訂版は「レッドデータブックひろしま２００３」として平成１６年３月に発刊）。
【絶滅危惧種等の種数の推移】
| 区 分 | 平成７年３月 | 平成１６年３月 | ||
| 絶滅種 | 絶滅危惧種 | 絶滅種 | 絶滅危惧種 | |
| 動 物 | ４ | ３６ | ８ | １２０ |
| 植 物 | ３ | ４４ | ３ | ２７４ |
| 計 | ７ | ８０ | １１ | ３９４ |
【指定野生生物種】
| （１） | ツキノワグマ （哺乳類） |
| （２） | アビ類 （鳥類） |
| （３） | ダルマガエル （両生類） |
| （４） | ヒメシロチョウ （昆虫類） |
| （５） | ミヤジマトンボ （昆虫類） ※特定野生生物種 |
| （６） | スイゲンゼニタナゴ （淡水魚類） |
| （７） | カワシンジュガイ （淡水産貝類） |
| （８） | オグラセンノウ （種子植物） |
| （９） | ヤチシャジン （種子植物） |
| （１０） | ツルマンリョウ （種子植物） |
| （１１） | ミズニラ・シナミズニラ （シダ植物） |
一口に絶滅危惧種といっても、広域的に移動する種や、狭小な範囲でしか生存できない種など、その状況は様々であり、その保護についても、その種の生態や生息・生育環境、個体数の減少要因にあわせた対策の検討が必要となる。
指定野生生物種の保護活動の維持と普及啓発については、条例に基づき種ごとに指定されている野生生物保護推進員の熱意と地域住民の支援によるところが大きい。
次に本県で実施されている指定野生生物種の保護対策についての事例を述べる。
（１）ツキノワグマ
▲調査のために麻酔をかけられた
ツキノワグマの親子
藤田 昌弘氏撮影
ツキノワグマは、世界的にも絶滅のおそれのある野生生物種としてワシントン条約に基づき国際取引が規制されている。特に西中国山地のツキノワグマは、他の分布域から孤立しており、環境省レッドリストでは「絶滅のおそれのある地域個体群」とされ、「レッドデータブックひろしま２００３」においても絶滅危惧�砧爐箸気譴討い襦�
ツキノワグマは広島・島根・山口の県境に位置する西中国山地の森林地帯を主要な生息地としていることから、３県が共同して調査を行い、保護管理計画を策定している。平成１６〜１７年度に実施した調査では、生息数が３００〜７４０頭と推定され、保護管理計画では、出生数や自然死亡数から算出した自然増加数５２〜１２８頭の下限値５２頭を３県の年間除去上限目標数と設定し、個体数が現状より下回らないよう保護することとしている。
本県では、クマがイノシシ目的のくくりわなに誤ってかからないよう、主要生息地において狩猟によるくくりわなの設置を禁止したり、捕獲されたクマについては可能な範囲で放獣を行うことなどにより、保護管理計画の遵守に努めることとしている。
一方、ツキノワグマによる人身被害も発生しており、人身被害防止と個体群の保護の両立という課題が常に浮上している。本県では、クマレンジャーを任命し、クマが人家周辺に出没した際のパトロールや追払いを実施するとともに、生息地における小学校児童等に対しクマと出会った場合の対処について普及啓発するなど、人身被害の防止に努めている。
（２）アビ類
▲県鳥「あび」（シロエリオオハム）
藤井 弘茂氏撮影
アビ類は、昭和３９年に広島県の県鳥として指定されている。アビ類には、アビ、オオハム、シロエリオオハムの３種が含まれ、冬鳥として主に呉市の豊島から斎島周辺の海域に飛来する。３月に個体数が多いが、この時期は換羽の時期（風切羽が抜け落ちて生え変わる時期）に当たり、飛翔能力を失ってしまうことがある。かつては、アビ類の習性を利用した鳥持網代漁という漁法があり、現地の漁業者により保護されていたといわれる。
現在は、呉市豊浜町一帯のアビ渡来群游海面を鳥獣保護区特別保護地区に指定し、漁業者以外の動力船の航行について制限するとともに、継続的なモニタリングを実施している。
【３月におけるアビの最高個体数の推移】
| 年 | １９９９ | ２０００ | ２００１ | ２００２ | ２００３ | ２００４ | ２００５ | ２００６ | ２００７ | ２００８ |
| 飛来数 | ９０ | ５６ | １５２ | ３０１ | ４８ | ６０ | ３５ | ５９ | ７０ | １０９ |
| 出典：「県鳥「あび」生息調査報告書」（2007・広島県） |
（3）ミヤジマトンボ
▲ミヤジマトンボ
岩見 潤治氏撮影 ミヤジマトンボは、国内では宮島に限って生息し、国外でも中国広東省・福建省に確認されるのみの、世界的にも非常に希少なトンボの１種である。
生息地は、陸路では到達が困難な海岸地帯に３箇所が残るのみであり、いずれの生息地もヒトモトススキの繁茂する極めて狭小な範囲の汽水性湿地が発生地となっており、個体数も非常に少ない（年間数十個体程度しか確認できない年が続いたが、近年、保護活動の成果が実り個体数は３００個体程度にまで回復している）。
また、周辺海域の潮流の変化などの影響を受け、平成１５年頃から台風来襲時などに生息湿地が海砂で埋まる現象が発生しており、ボランティアにより砂の除去や流路の確保など人力による保全作業が実施されている。また、平成１７年９月には、専門家、保護活動者、行政関係者からなるミヤジマトンボ保護管理連絡協議会が結成され、既存生息地の保全対策とともに、飼育技術の確立や代替生息地の整備などについても検討が行われている。
（4）ダルマガエル
▲ダルマガエル
広島県撮影 ダルマガエルは、トノサマガエルに似ているが、背面の模様が異なることや後足が短いことなどで区別される。昭和４０年代までは備後地方に広く分布していたとされるが、昭和５０年代には絶滅状態となり、長い間、三次市吉舎町が唯一の産地となっていたところ、平成１１年に福山市神辺町で２つ目の産地が発見された。しかしながら、福山市神辺町の産地は造成工事が行われたことから、ボランティア組織により造成前に生存個体が救出され、世羅町などに自然放流され、地域住民により保護されている。
ダルマガエルは水田を生息地としているが、水田の減少のほか、水田耕作様式や水田自体の構造の変化が大きな減少要因となっている。このことから、保護活動の盛んな三次市や世羅町では、ダルマガエルを保護するために、無農薬で米作りを行ったり、ダルマガエルの生態に適した米の品種「あきろまん」を栽培するなどの保全対策がとられており、地域住民・米生産者・地域の学校等が一体となり、地域の農地や水などの環境全体を保全していく取組みが展開されている。このような取組みは、今後、絶滅危惧種の保護活動を継続していく上で、ひとつのモデルとなるものと考えられる。
